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千葉地方裁判所 昭和33年(わ)242号 判決

被告人 加藤利金

昭六・二・一三生 無職

大森正雄こと李千植

大一〇・一・一生 鉄材商

主文

被告人加藤利金を無期懲役に、同李千植を懲役八年に各処する。

被告人李千植の未決勾留日数中、百弐拾日を右本刑に算入する。

押収に係る普通預金請求書四通(昭和三三年押第一八〇号の三二乃至三五)中偽造に係る部分は被告人両名からこれを没収する。

押収に係る現金五万円(同年押同号の一)(以下単に符号番号のみを付する。)女物腕時計一個(二)、指輪一個(三)、指輪の石一個(五)、短靴一足(八)、開襟シヤツ二枚(九及び一〇)、ズボン一本(一一)、ステテコ一着(一二)、現金二万八千円(一四)、同七〇〇円(一七)、同五円(一八)、同一五円(一九)、男物腕時計一個(二二)、女物白上衣一着(二三)、ハンドバツグ一個(二四)、現金千円(二五)、定期預金証書一通(二六)、認印一個(二七)、金指輪一個(二八)、現金九万円(二九)、同三千円(三〇)は、何れもこれを被害者たる三次とめの相続人に還付する。

理由

(罪となるべき事実)

第一、被告人李千植は、家業の鉄材商が営業不振となり金銭に窮した結果、昭和三三年六月下旬頃被告人方に出入りしていた分離前の相被告人加藤利金から、同人の知合で元特飲店「夕暮」の接客婦をしていた「とみちやん」こと三次とめ(当時二九才)が定期預金その他相当の金品を所持しているがしつかり者であつて容易に金品を引き出しえない旨を、聞知するや、加藤をしてとめを殺害した上その金品を強奪させる結果となることを予期しながら、その頃から同年七月初旬頃までの間に東京都江東区亀戸町五丁目一八三番地の自宅等において、加藤に対し「それでは殺ろそう、おれのところに道具がある、両方に刃がついていて切れる」「多摩川の近くに防空壕がある、そこに連れて行つて殺ろせば分らない」等申し向け、同女を殺害して金品を強取すべき旨を指示して教唆し、よつて加藤をして同女を殺害して金品を強取する犯意を生じさせ、加藤をして右決意に基き同月六日第二記載の如く同女を殺害した上金品を強取せしめ、

第二、被告人加藤利金は、分離前の相被告人李千植の前記の如き教唆に基き、李の協力の下に右三次とめより金品を奪取しよう、場合によつては共にとめを殺害して金品を強取するに至るも已むなしと決意し、同年七月六日午後五時頃、とめの情人であつた牧岡信一郎が待つているからと偽つて同女を誘い出し、李の予ての指示に従い同人の前記自宅に同道したが、同人が不在であつたためなおも右牧岡の行方を探す風を装つて諸所を連れ歩いた末、同日午後九時頃千葉県市川市国府台二丁目里見公園内に至つたところ、同女から牧岡の所在を追求されてその処置に窮し、李の前記教唆に基き、むしろ単独で同女を殺害してその金品を強取しようと決意し、やにわに同所において同女の頸部を右腕で絞め、更に同女のビニールバンド(昭和三三年押第一八〇号の一三)を捲いて強く絞めつけ、即時窒息死させ、よつてその場において同女から現金約一万二千円在中の白革製ハンドバツグ一個(同年押同号の二四)、指輪二個(同年押同号の三及び二八)三次の認印一個(同年押同号の二七)腕時計一個(同年押同号の二)、及びカシミヤ上衣一枚(同年押同号の二三)(品物の時価合計約一万二千円相当)を強奪し、更に同月八日とめの住居たる東京都荒川区日暮里町三丁目一四五番地所在のアパート緑風閣第一一号室から三次章名義の普通預金通帳一冊(現在高一八万円)及び三次実名義の普通預金通帳一冊(現在高一〇万円)(何れも前記とめ所有)を持ち出し、同月一一日同所からとめ名義の定期預金証書一通(金三〇万円)(同年押同号の二六)及び洋服たんす一個、他衣類等合計約四百点(時価合計約一八万円相当)(何れもとめ所有)を運び出し、これらを強取し、

第三、被告人両名は共謀のうえ、右強取に係る普通預金通帳、定期預金証書及び認印を利用して金員を騙取しようと企て、

一、同月九日東京都台東区坂本町二丁目一番地富士銀行坂本支店において、行使の目的を以て、擅に普通預金請求書用紙一通に金一七万五千円也、氏名三次章と、他の同用紙一通に金九万五千円也、氏名三次実と夫々冒書し、その各名下に右三次の認印(同年押同号の二七)を押捺し、以て三次章及び三次実名義の普通預金請求書二通(同年押同号の三二及び三三)を作成してこれを偽造し、即時同銀行係員に三次章名義の同銀行普通預金通帳一冊及び三次実名義の同通帳一冊と共にこれを真正に成立したもののように装つて一括して提出して行使し、同人をしてその旨誤信させ、よつて同人から預金払戻名下に現金二七万円の交付を受けてこれを騙取し、

二、翌一〇日右坂本支店において、行使の目的を以て、擅に前同様普通預金請求書用紙二通に夫々金額各五千円也、氏名三次章及び三次実と冒書し、その各名下に前記認印を押捺し、以て三次章及び三次実名義の普通預金請求書二通(同年押同号の三四及び三五)を偽造し、即時同銀行係員に前同通帳二冊と共にこれを真正に成立したもののように装つて一括して提出して行使し、同人をしてその旨誤信させ、よつて同人から預金払戻名下に現金一万円の交付を受けてこれを騙取し、

三、同月一二日同都荒川区日暮里二丁目二四〇番地三菱銀行日暮里支店において、同銀行係員青木弘行に対し恰も名義人のように装い、「不用の金があつたので定期にしたのだが、家を買うことになつたのでこれで金三十万円貸してもらいたい」と申し向け、三次とめ名義の同額預入れの定期預金証書一通(同年押同号の二六)住民登録証写一通及び前記認印を提示して右預金を担保に貸付名義で金三十万円の交付を受けようとしたが、同人から不審を抱かれて拒絶されたため右騙取の目的を遂げなかつた

ものである。

(証拠の標目)〈省略〉

(累犯となる前科)

第一、被告人加藤利金は、昭和二八年一〇月七日墨田簡易裁判所において窃盗罪により懲役八月に処せられ(昭和二九年一一月六日確定)昭和三三年三月二六日その執行を受け終つたものであつて、この事実は第七回公判調書中同被告人の供述記載部分及び検察事務官石川侃作成の同被告人に係る前科調書によつてこれを認め、

第二、被告人李千植は、

一、昭和二八年九月一六日千葉地方裁判所において詐欺罪により懲役一〇月(執行猶予三年)に処せられ(昭和二八年一二月三日確定)、昭和三〇年三月三〇日宇都宮簡易裁判所において右刑の執行猶予が取り消され(同年四月三日確定)、本件犯行当時すでにその執行を受け終り、

二、昭和二九年五月二二日東京地方裁判所において詐欺罪により懲役一年六月に処せられ(昭和三〇年一月一二日確定)、昭和三三年四月一二日その執行を受け終り、

三、昭和二九年一二月一一日東京地方裁判所において覚せい剤取締法違反の罪により懲役一年(未決勾留日数三〇日算入)に処せられ(昭和三〇年一月一二日確定)、昭和三二年七月一三日その執行を受け終つたものであつて、この事実は第七回公判調書中被告人李千植の供述記載部分及び検察事務官石川侃作成の同被告人に係る前科調書によつてこれを認める。

(訴訟関係人の主張に対する判断)

被告人加藤利金の弁護人は、同被告人には常人には考えられない精神状態があるのではないかと思われ、したがつて本件犯行時同被告人は心神耗弱の状態にあつたのではないかと想像する旨主張するので判断する。同被告人の警察官、検察官に対する各供述調書によれば、同被告人は、逮捕時当初における否認の点を除き爾後は大体首尾一貫した供述をなしており、かつ又同被告人みずからの作成に係る当裁判所に対する各上申書及び関係人の供述によるも、別段その精神に障害があるものとは認められない。尤も、本件公判調書中同被告人の供述又は証言記載中には、その犯行に至るまでの心理的経過において微妙な動揺と複雑さが認められないことはないけれども、常人といえども、犯罪時においては多少平常とは異なる精神状態にあるのが普通であるから、単に平常人の感覚からみてその犯行に至る心理的過程がやや普通でないということのみから、同被告人を精神異常者であるとすることは妥当でなく、結局同被告人は本件犯行時において是非弁別能力及びその弁別にしたがつて行為する能力をいちじるしく欠いた状態、すなわち心神耗弱の状態にあつたものとは認められない。よつて右弁護人の主張はこれを採用することができない。

(法令の適用)

被告人加藤利金の判示各所為中、第二の強盗致死の点は刑法第二四〇条後段に、第三の一及び二の各所為中各私文書偽造の点は同法第一五九条第一項、第六〇条に、各偽造私文書行使の点は同法第一六一条第一項、第一五九条第一項、第六〇条に、各詐欺の点は同法第二四六条第一項、第六〇条に、第三の三の詐欺未遂の点は同法第二四六条第一項、第二五〇条、第六〇条にそれぞれ該当するところ、右第三の一及び二の各所為中二通の偽造私文書行使の点はそれぞれ一個の行為にして数個の罪名に触れ、又各私文書偽造・同行使・詐欺の点は順次手段・結果の関係にあるから、右第三の一及び二の各所為につきそれぞれ同法第五四条第一項前段・後段、第一〇条によりいずれも最も重い判示各詐欺罪の刑に従い、判示第三の一乃至三の各罪は前示前科とそれぞれ再犯の関係にあるので右各罪につき同法第五六条第一項、第五七条によりそれぞれ累犯加重をし、判示第二、第三の一乃至三の各罪は同法第四五条前段の併合罪であるが判示強盗致死罪につき無期懲役刑を選択するので同法第四六条第二項本文により他の刑を科さず、結局同被告人を無期懲役に処し、

被告人李千植の判示各所為中、第一の強盗致死教唆の点は刑法第二四〇条後段、第六一条第一項に、第三の一及び二の各所為中各私文書偽造の点は同法第一五九条第一項、第六〇条に、各偽造私文書行使の点は同法第一六一条第一項、第一五九条第一項、第六〇条に、各詐欺の点は同法第二四六条第一項、第六〇条に、第三の三の詐欺未遂の点は同法第二四六条第一項、第二五〇条、第六〇条にそれぞれ該当するところ、右第三の一及び二の各所為中二通の偽造私文書行使の点は、それぞれ一個の行為にして数個の罪名に触れ、又各私文書偽造・同行使詐欺の点は順次手段・結果の関係にあるから、右第三の一及び二の各所為につきそれぞれ同法第五四条第一項前段・後段、第一〇条によりいずれも最も重い判示各詐欺罪の刑に従い、判示第三の一乃至三の各罪は前示各前科とそれぞれ再犯の関係にあるので右各罪につき同法第五六条第一項、第五七条によりそれぞれ累犯加重をし、判示第一、第三の一乃至三の各罪は同法第四五条前段の併合罪であるが判示強盗致死教唆罪につき無期懲役刑を選択するので同法第四六条第二項本文により他の刑を科さず、犯情憫諒すべきものがあるので同法第六六条、第七一条、第六八条第二号により酌量減軽をした刑期の範囲内で同被告人を懲役八年に処し、同法第二一条により同被告人の未決勾留日数中一二〇日を右本刑に算入し、

押収に係る普通預金請求書二通(昭和三三年押第一八〇号の三二及び三三)中偽造に係る部分は、判示第三の一の各私文書偽造行為より生じ、偽造私文書行使行為を組成し、詐欺行為に供した物であり、又同請求書二通(同年押同号の三四及び三五)中偽造に係る部分は、判示第三の二の各私文書偽造行為より生じ、偽造私文書行使行為を組成し、詐欺行為に供した物であつて、何れも何人の所有をも許さないものであるからそれぞれ同法第一九条第一項第一号乃至第三号・第二項本文、第四六条第二項但書により、何れもこれを被告人両名から没収し、押収に係る現金五万円(同年押同号の一)(以下単に符号番号のみ付す。)現金二万八千円(一四)、現金七百円(一七)、現金五円(一八)、現金十五円(一九)現金千円(二五)現金九万円(二九)及び現金三千円(三〇)はいずれも判示第二の強盗致死罪の賍金又は賍物たる普通預金通帳と同一性を有するものであり、女物腕時計一個(二)、指輪一個(三)、指輪の石一個(五)、女物白上衣一着(二三)、ハンドバツク一個(二四)、定期預金証書一通(二六)、認印一個(二七)及び金指輪一個(二八)はいずれも同罪の賍物であり、短靴一足(八)、開襟シヤツ二枚(九及び一〇)、ズボン一本(一一)ステテコ一着(一二)は同罪の賍金又は賍物たる普通預金通帳と同一性を有する金員の対価として被告人李千植が得た物であり、男物腕時計一個(二二)は前同賍金又は金員の対価として被告人加藤利金が得た物であつて、いずれも被害者(所有者)たる三次とめの相続人三次みつから交付の請求があつたものであり、すべて被害者に還付すべき理由が明らかなものであるから、被告人両名に対し刑事訴訟法第三四七条第一項(賍物の対価として得た物については同法同条第二項、第一項)を適用し、これを被害者三次とめの相続人に還付し訴訟費用については同法第一八一条第一項但書により被告人両名にこれを負担させないこととする。

よつて主文のとおり判決する。

(裁判官 石井謹吾 田中恒朗 遠藤誠)

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